虎徹の実家はみどり深い土地にあった。薄いみどり、濃いみどり、その中間、ライム色、オリーブの色、虎徹のシャツの色、バーナビーの目の色、さまざまのみどりの濃淡が重なり合った面があり、点としての茶色やきいろが散らばって、ひとつの森を作る。きよい小川には丸太の橋がかかり、空は遮るものがなくただ青々と広い。 ロックバンドのロゴがプリントされたはでな色のTシャツと、紺ジャージのハーフパンツはバーナビーの持ち物でなくて、虎徹が若い時分、ハイスクールのころに着ていたものらしい。安寿がカラーボックスの底のほうから出してきたものだ。そんなこぎれいな服で畑仕事なんかしたら汚れるからと言って。樟脳が鼻先でぷんと香る。そしていまはそこに汗と土のにおいが合わさっている。 楓が学校に行き、虎徹が酒屋の手伝いにかり出されてしまうと、バーナビーにはもうすることがない。そうすると、くるくると働いている安寿をよそにぼうっとテレビをみているだけというのも気が引けて、何か手伝いましょうかということになる。 「ありがとうね。じゃあ悪いけど、畑手伝ってもらえる? イチゴのところ一旦なにもなくしてしまおうと思って」 「もちろんです」 そうは言ってみても本格的な土いじりなんてしたことがない。サマンサはガーデニング好きな人だったから、彼女が花を植えたり草を引いたりする横で、スコップを使うまねごとをした覚えがかすかにあるくらいだ。渡された軍手をはめて、質量すら感じる日差しに首筋を炙られながら、言われるがままじゃがいもをより分ける。「小さいいもがそのまま芽をふいてしまうと、その苗からは小さいいもしかできなくなるから」「なるほど」。小指ほどあるふといみみずが、しめった土の中からぬるりと姿を現したときは思わず声が出た。みずみずしい夏草のにおいと、触れば崩れる水分の少ない土くれの手触りと、虫さされのかゆみ。バーナビーの脳内にある百科事典の、「畑」の項目がみるみるうちに上書きされていく。 「あと最後に、そこの肥料の袋、トマトのところに持っていってくれる」 「わかりました」 安寿が小猫でも抱くような気安さで、袋を肩まで持ち上げたから、バーナビーも気負わず手をかけた。かけて、たたらを踏む。予想よりずしりと指先に重かった。 「大丈夫? 無理しなくていいのよ」 あれ使ってもいいからね、と指差した先に手押し車を見つけたが、手でとどめる。仮にも元ヒーロー、仕事をやめてからも体力キープのためにジム通いは欠かさなかった。さっきは気合と予想が足りなかっただけで、女性に担げるものを自分が抱えられないはずがない。いち、にいの、で勢いをつけて、 「あっ」 「あれま」 ばらばらばら、と肥料の雨が降り、地面を汚した。力加減を違えて、やわなビニールに穴があいてしまっていた。 「あなた、テレビで見てたときと結構違うんだねえ」 「……お恥ずかしい限りです」 だけど、まじまじと顔を見つめられたって、失敗したって、ふしぎと恥ずかしさや腹立ちなんかは感じないのだ。そうさせる空気がこの街にはある。 洗面所で手と顔を洗って戻ってくると、ありがとう、すぐお昼にするからと麦茶の入ったグラスを手渡された。縁側に腰掛けて一気に飲み干すと、冷たい液体の身体の内側を滑り落ちていくのがはっきりわかって心地いい。 「あ、それ俺の服だ。懐かしいな」 重めの足音が近づいてきたので、横着してうしろにのけぞるようにすれば、案の定虎徹が配達の手伝いから帰ってきたところだった。鼻歌を口ずさみながらバーナビーの左側に腰掛ける。機嫌よくこぼれるその曲のタイトルをバーナビーは知らない。ひと回りとひとつ違う歳の差を感じるのはこういうときだ。ふだんはバーナビーより子どもみたいなくせに、ときどき知らない顔をのぞかせる。 「お借りしています。おかえりなさい」 「畑手伝ってくれたんだって? 悪ぃな、面倒だったら言えよ」 「いえ」 楽しいですよ、こういうの。なんの気なしの発言だったけれど、虎徹の耳は正確にそれを拾って、めんくらった顔をした。 「なんです」 「いや、バニーちゃん、すっかりかわいくなっちまったなあと思って。おじさんは嬉しい」 初めて会ったころはあんなにツンツンしてたのにねえ。人はわかんないもんだなあ。ふっふっと肩を揺らして笑う。 「知りませんでした? 僕は本当はけなげで、かわいいんだ」 「あーハンサムってこれだから!前言撤回する!」 そう言いながらキスをひとつつむじに落として、かわいくない子におしおきだ、などと言う。 「どうせならがんばったご褒美が欲しいんですが」 「じゃあこれをバニーちゃんにあげよう。甘くてうまいぞー」 ほくほくと湯気のあがるとうもろこしが四本、差し出されたザルの上に規律正しく整列している。 「虎徹さんからじゃないでしょう、これ」 「そー、母ちゃんから。俺からのは、あー……まあ、あとでかな」 「期待しますよ」 そう言いながらとうもろこしに齧りつく。言うだけあって果物のように舌に甘い。歯を立てた芯の、やまぶき色の粒がぐるりと揃った様子に、海馬をくすぐられ、しばらく考えて、合点がいった。 「虎徹さんって歯並びいいですよね」 「なに急に」 (110928)
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