初めて服地なしで佳主馬の肌に触れた時、そのあまりの熱さに健二は思わず掌を引っ込めた。佳主馬の目が疑問に細まる。 健二は肌の温もりというのをあまり知らない質で、それは健二がごく幼い頃から冷えきった家庭環境が最大要因だった。父母は仕事に忙しかったので、添い寝をしてもらった記憶は数えるほどしかない。そしてある程度年齢を重ねてからと言えば、彼は数学に没頭するようになったので、同世代の子供と積極的に関わることもなく、異性ともめったに接触しないような、不毛な青春を過ごしてきた。その為に、悲しいかな健二は、他人の体温をこれ程近く感じる機会に恵まれなかったのだった。 人の肌って、こんなに熱いものだったんだ。健二はおずおずともう一度手を伸ばして、青年らしく張り切った胸板に触れた。 「健二さん、どうかした」 「いや、あの、熱いなって…」 寝室の暗がりに語尾が消えていく。闇がねっとりと両手足に絡みついて、引き摺り込もうとする。ともすれば息が睫毛を揺らせそうな距離で、二人は向かい合っていた。 体温低い方なんだけどと佳主馬は呟いてから、どこか嬉しげに健二の喉元に触ってくる。擽ったくて反射的に体を引くと、蛇のようにしなやかな腕が腰に巻きついて、それ以上の抵抗を許さない。 「でも健二さんも熱いよ。興奮してる」 「こっ、興奮とかっ」 「こういうの初めて?」 羞恥にもがく健二を片腕でいなしたまま、佳主馬の頭が緩やかに下がっていく。笑うと息がかかってむず痒い。 「だって、ここも、ここも、熱い」 彼の動きに合わせて、肌の表面を擽るような感触が滑っていくのが唇のそれだと解ったとき、健二の頬は燃え上がるように紅潮した。喉仏に、肩骨に、鎖骨の間の窪みに、肋骨に、健二の形を確かめるように佳主馬が唇を落とすと、淡い快楽が興奮を呼び覚ましていく。佳主馬の言う通りだった。自分は今、確かに興奮している。 「佳主馬くん、やっぱり、やっぱり」 「今更やめるとかなしだよ」 ちゃんとよくしてあげるから。長めの前髪が皮膚を撫でると、ぞろ熱が爪先から這い上がって、首筋を擽られるように電流が走る。恐怖が劣情へと一気に形を変える。歯を食いしばって崩れそうな理性を引き留めたけれど、佳主馬が足の付け根のぎりぎり、はりつめかけた場所に顔を埋めると、欲情まみれの息があっさり漏れる。じくじくと腹の内側が熱かった。内臓からぐずぐずに融け落ちてしまいそうだ。 気がつけば、いつの間にか健二の腰を両腕で緩く抱いて、佳主馬が健二をじっと見上げていた。強く射竦める目の表面は僅かに潤んでいて、その中に揺れて自分がいる。情けない顔をしているのを見たくなくて、固く目を閉じる。 「もっと良くしてあげる」 唇が寝間着の下の紐を引っ張って解いた音が、やけに耳につく。 じゅぶじゅぶと濡れた音をたてて、佳主馬が中心の形を確かめている。熔けた薄い舌が辿り、指が絡まりそそりたたせ、舐める。括れたところを唇が甘噛みしたときには、痺れが下半身全体に何度も走った。扱きあげるように含まれて、口中の熱で融かされる。絶頂感に瞼の裏がちかつくと、幾度も引き戻される。ベッドシーツが擦れるのすら切なくて、健二は弱い声を上げた。腕を痛いくらい閉じた目の上に置いていた。そうしないと、恥もなくすがってしまいそうだった。言い様もない感情が健二の身体中を巡って、満たしていた。口がからからに渇いて、声が出ないから、ほのけた息ばかりあがって、それがまた二人の高まりを煽った。 佳主馬の前髪から汗がしたたって、何度目だったかの波をやり過ごした。その時、ふと、なにか硬いものが向こう脛に触れているのを健二は認めた。熱くて、硬いもの。その正体に思い当たって、健二は腕の下、目を見開いた。ずっと気がついてなかっただけだったのかもしれない。自分の昂りに触れもせず、佳主馬は盲目的に健二を高めあげている。息が荒いのは、自分も解放されたくてたまらないからだろう。時々硬いそれを足に擦り付けてくる動きでわかる。なのに、佳主馬は自分の一切で健二に尽くしている。健二に快楽を与えるため、ただひたすら。 「うぁ、ああっ、あっ…」 気がついたとき、一気に内側が痺れた。耐えられない疼きに弄ばれるように、腰を震わせて、健二は上りつめた。 「泣かなくてもいいのに。震えてる」 寒い?怖かった?困惑した声が下の方で聞こえたけれど、健二はただ首を振ることしかできなかった。 違う。震えているのは怖い訳じゃない。ある限り全部尽くしてくれる人を、怖がるなんてできるわけがない。そして、こんなにも肌が胸が熱いのに、冷えたりするわけがなかった。
(091017)
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